柿の木に集う者たちと、人



住んでいるアパートの窓を開けるとすぐ、柿の木がある。


「採ってくださいね」

とでもいうように、一階の大家さんの部屋より
あきらかにこの部屋からの方が収穫できる。(笑)


そんなことで今年も勝手にいくつかいただいていた。


柿の木は夏から実がついて、青い時期が続く。
ようやく最初に赤くなった一個を、そろそろ食べ頃かな?と手を伸ばしてみた。


すると、へたの部分には細長いカメムシがはり詰まっていた。


「わぁあ、先着がいた!」

みんなずっと、この時を待っていたのだ。


何事もなかったかのようにそっと手をひいて、その一個をもぎ取ることをやめた。


それからたちまち、その木は点々と赤くなるものが増えていった。
何個か手の届くところで熟したものを、採って食べる。
甘くて美味しい柿。
今度は虫がついていることはなかったけれど、

窓を開けて見ていると
ヒヨドリは毎日、何回も(何羽も?)来ている。

地面から身軽に登ってくる、こんな子もいる。




かわいいー。
右寄りの真ん中あたりにいます。






こうして見ているとね、
わかるんですよ。


一個丸々もぎ取って食すなんてのは、人様だけなんです。


みんな、まわりだけ食べたり
栄養を吸い取ったり

一見全部食べないなんてもったいない、というように見えるけれど
自然と共に生きてる者たちはわかるんですよ、それで十分なんだって。

種の部分を残される木も、栄養をいただく動物も、
ちょうどいいバランスで生きてる。


人のように、自分たちだけ都合のいいようにやらない。



今朝、花粉が出ない杉を開発しているとニュースで見た。

ニュースに対してはいつも斜めから見ているけれど
これに対してもやっぱり、花粉は辛いけれど
自然と共に生きてるってことを忘れちゃいけないから
また人工的に操作してはいけない部分なんじゃないかと感じた。




どこからが便利か、どこからが必要以上の発展か、なんぞ答えは無いけれど

少なくとも人は人だけで、人が作る物だけでは生きていけないのだから

こうやって動物や自然におしえてもらいながら
本来の生き方を見つめ直さなきゃならないと思ってる。


どうあがいたって、原点はひとつ。




総理大臣がそう思える人になってる頃には
市民でも国会でも、そう思ってる人が多くなってるはず。


いまは、ここでちっぽけな私がそう感じている頃だから
少しでもそう感じている人が増えてきているんだと思う。

まだ大丈夫よ、
嫌でも最悪でも、
まだまだこれから続いていけるよ。

anna sekai

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1 件のコメント:

  1. 杉の木の一件、全く同じことを思ってた。
    花粉は・・・辛すぎるけど・・・
    ぶっちゃけ、杉なんて消滅しろ!←
    なんて冗談めかしに嘆いてたこともあるけどw
    いざそういうところに科学が介入すると
    なんだか複雑な気分だねぇー

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